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思い出を綴って〜国際交流員 王勇さんから離任のあいさつ〜
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昨年4月から浜田市の国際交流員として活躍していただいた王勇さんが任期を終えられ、中国山東省に帰国されます。帰国にあたって、心温まるメッセージをいただきました。

思い出を綴って
〜国際交流員 王勇さんから離任のあいさつ〜

浜田に来て最初の頃、よく自転車で浜田港に行っていた。夕日に真っ赤に染められた日本海を眺めながら、向こうにある故里を偲んでいた。また、浜田の昔の盛んな漁港風景や未来の様子を想像していた。
知らず知らずのうちに、一年の光陰が経った。去年3月に、中国の外務省から、国際交流員の赴任地のお知らせが来た時、私はあわてて日本地図を開いて、浜田市の位置を探した。やっと見つかったところ、うれしいことに、浜田市と故郷の山東省は、地図の上で直観的に、一番近いじゃないか!と不思議に思いながら、自分のこれからの一年が、この見ず知らずの海辺の町と、何らかの縁で結ばれたように感じた。
でも、この町の人が、異郷人の私を心から受け入れてくれるのか、また私の初めての海外生活は大丈夫なのか。最初は不安もあったが、今ふり返ってみると、その心配は余計なものだった。
その証として、中国人がもし毎日油が少ない日本料理を食べていると、必ず痩せるのに対し、私の場合、一年で?キロ太ってしまった。
浜田に来て初めて日本の伝統行事に触れたのが、浜っ子まつりだった。余寒の風の中、みんな大名行列の後ろに、ハイヤ節のリズムに合わせて元気はつらつに踊っていた。街の両側の子供やお年寄り達が、明るい顔で一生懸命に応援してくれた。この町の人はみんないい人だなと、心に春の温もりを感じた。
その後も初競りや出初め式、成人式など、いろんな行事に参加した。仕事のほうは、「草の根の国際交流」と「内なる国際交流」をベースに、各公民館で講演会、料理教室や中国語講座、小中学校の訪問などなど、とても忙しくて充実した一年となった。
また、趣味のほうも、駅伝大会、バトミントン大会、卓球大会に出場したり、山登りの会やジョギングの会の活動に参加したり、パソコンセミナーの講師を担任したり、ぞんぶん楽しんだ。

話しにキリがないが、私のこの一年の「一番」をまとめてみた。
☆一番楽しいこと
・数々の講演会や行事で大勢の市民と深い交流ができて、友達もいっぱい作った
☆一番有意義なこと
・浜田の小中学生と中国との国際交流事業に参加して、次世代の友好交流にも協力した。今も数人の少年の文通の翻訳を手伝っている
☆一番びっくりしたこと
・浜田市に来て間もなく、この一生初めて地震に会った。食事中だった私はすぐ外へ飛び出した。部屋に戻ったら、なぜか箸がベッドの上に投げられていた。(けっこうみんなに笑われた。日本人はこれぐらいの地震が平気みたい)
☆一番得意なこと
・自分のパソコンで中国や韓国の友達や同僚と電子メールーで通信をして国際電話代の大幅節減に成功した。が、代わりにNTT市内電話代が激増した
☆一番残念(?)なこと
・滞在中ほとんど病院に行くことがなく、日本の病院に関する知識が之しい。